本邦建造捕鯨母船の系譜
灰:鯨油槽 黄:鯨油処理工場 緑:貨物倉 橙:居住区 赤:機関室・缶室/燃料油槽 青:バラスト/清水槽
戦前における日本船籍の捕鯨母船は、図南丸、第二図南丸、第三図南丸(以上日本水産)、日新丸、第二日新丸(以上大洋捕鯨)、極洋丸(極洋捕鯨)の6隻である。
このうち図南丸は係船中だったノルウェーの捕鯨母船"Antarctic"(9,866GT)を買船したものなので除外。それ以外の本邦建造船5隻は2つの系統に分けられるが、ここでは仮に日新丸型と第二図南丸型と呼称する。
◆日新丸型
ノルウェーの捕鯨母船"Sir James Clark Ross"(14,362GT,L:163.95m/B:22.65m/D:?, '30イギリスFurness Shipbuilding Co.,Ltd.にて建造)の設計図をイギリスから輸入し、川崎造船所(神戸)にて建造。参考)http://www.lardex.net/rasmussen/skipstekst/sir_james_clark_ross.htm
タイプシップは世界初のディーゼル主機(2基2軸)を搭載した捕鯨母船(らしい)。船名はイギリスの軍人/極地探検家より命名。大戦を生き延びて'66解体。
(1)日新丸(16,764GT,163.07m/22.56m/14.86m, '36建造):
機関を1基1軸に改めた外はタイプシップと同一の線図。総トン数の増加は遮浪甲板から覆甲板に変更した為。GM値の関係でよく揺れる船だったようだ。
(2)第二日新丸(17,553GT, '37):
(1)の船首楼と後部甲板室を1層増加、揺れが若干改善される。デリックの能力も異なっている(全般的に小さくなっている)。
(3)極洋丸(17,549GT, '38):
(2)の舵を改めて平衡舵とし、併せて推進器直径を0.2m増大。
◆第二図南丸型
イギリスの捕鯨母船"Svend Foyn"(14,596GT,164.01m/22.64m/10.18m, '31イギリスFurness Shipbuilding Co.,Ltd.にて建造)の設計図をイギリスから輸入し、大阪鉄工所桜島造船所にて建造。参考)http://www.lardex.net/rasmussen/skipstekst/1931_svend_foyn%202.htm
主機は蒸気往復動2基2軸、船名は捕鯨砲の発明者より命名。'43大西洋にて氷山と衝突し沈没。
(1)第二図南丸(19,425GT,163.07m/22.56m/17.33m, '37):
タイプシップと同一の線図であるが、第二甲板の下に第三甲板を増設した為総トン数が大幅に増えている。この空間に諸配管を押し込んで工場設備の拡張を図ったようだ。主機は蒸気往復動2基2軸、こちらには低圧タービンが付いているが、タイプシップにもあるかどうかは不明。
(2)第三図南丸(19,210GT, '38):(1)の同型船。
両者のタイプシップは共にイギリスのFurness Shipbuilding株式会社において1年違いで建造されており、上部構造物と機関こそ違えどこの2隻の要目から見て同一の線図が用いられている可能性が高い。また、日新丸と第二図南丸の要目が示すように、これら2系統5隻の捕鯨母船はすべて準同型と言ってよいように思う。
ちなみに除外された図南丸であるが、冷蔵貨物船"Opawa"(7,230GT)として'06にイギリスで建造され、主にニュージーランドからの食糧品輸送に従事した後、'28ノルウェーに売船されて改装の後捕鯨母船"Antarctic"となり、3年の係船期間を挟んで'35に再び日本へ売船されて図南丸になっている。「日本・油槽船列伝」もこの項若干間違いがある。
また本によっては客船(移民船)になっていたりするが、どうも同じ会社の初代"Opawa"との混同があるようだ。図南丸の前身は二代目である。
(以上)
公開:08/03/30
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